ドイツで発生した腸管出血性大腸菌による食中毒は、日本でも大きく取り上げられて
いたようです。5月上旬に最初のニュースが流れてから5月22日まで感染件数は増え続
けましたが、その後、患者数も下のグラフのように徐々に減っています。6月28日ま
での患者数は腸管出血性大腸菌(EHEC)が2764人(死亡17人)、その合併症である溶血性
尿毒症症候群(HUS)が838人(死亡30人)となっています。

グラフ:横軸は月日、縦軸は患者数
出典:Sachstandsbericht, EHEC/HUS O104:H4 Ausbruch, Deutschland, Mai/Juni
2011発行Robert Koch Institut(ロベルト・コッホ研究所)、2011年6月
腸管出血性大腸菌(EHEC)と溶血性尿毒症症候群(HUS)
大腸菌はその名の通り、鳥類や哺乳類の大腸に生息するバクテリア(細菌)で、大半
のものは無害です。しかし、抗原とその組み合わせにより、病原性を持つものがあり
ます。今回のドイツで広がったのはO104:H4(*)で、これは10年ほど前から知られて
いたものの、非常に稀なタイプということです。
O104:H4に汚染された食品を摂取すると、細菌は酸に対する抵抗性があるため胃酸に
耐え大腸に達します。ヒトを発症させるのに必要なのはわずか10〜100菌ということ
です。大腸の中で増殖し、そこで産出した毒素(志賀毒素/ベロ毒素)が大腸の細胞
上皮を破壊するため水分吸収ができなくなり水様便が、また細胞上皮の毛細血管から
出血し血便が排出されます。軽い場合は菌が便と一緒に排出され、免疫力の働きも
あって回復に向かいます。
しかし、毒素が血管に入りそこで増殖すると溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし
ます。症状は、毒素が毛細血管内皮を破壊し、そこで赤血球を破壊するため溶血性の
貧血が起こり、また血小板減少症を引き起こし、さらに腎小体の毛細血管の破壊を破
壊することで腎不全から尿毒症になります。溶血性尿毒症症候群(HUS)の85%は腸管出
血性大腸菌(EHEC)に起因するものだということです。
*:0抗原は耐熱性の細胞壁の抗原で160種類以上、H抗原は易熱性のべん毛の抗原で60
種類以上が発見されています。
今回の原因と発症
当初キュウリとトマトとサラダ菜が疑われましたが、調査の結果、大腸菌に汚染され
たスプラウト(*)の可能性が高いということです。感染した人は、潜伏期間平均8日
で頻繁な水様便、さらにその翌日ぐらいから血便が出るようになります。ここで回復
しないと、この下痢が始まってから5日後ぐらいから溶血性尿毒症症候群(HUS)の症状
が出だします。
*:スプラウトは日本ではモヤシと訳されたようですが、カイワレ、アルファル
ファ、クレソンといった新芽野菜のことです。サラダに混ぜるため、加熱しません。
予防
腸管出血性大腸菌(EHEC)は70℃で2分間加熱すると死滅します。野菜はよく洗うこ
と、肉は火を通すこと。また手も石鹸で頻繁に洗うこと、手を拭くのは使い捨ての紙
タオルが推奨されます。ただ、殺菌のために消毒薬を使うと、菌に耐性ができる可能
性があるので奨励しないということです
この2か月を振り返って
6月中旬までEHECが大きく報道されました。ドイツの娯楽要素の高い新聞や週刊誌に
は連日ショッキングな見出しが登場し、必要以上に不安を煽ったように思います。日
本でも広く報道され、ヨーロッパ旅行に不安を感じられた方もおられるのではないか
と思います。今でも観光旅行のグループの食事にはキュウリ、トマト、サラダは出さ
れていないようです。原因追究で、当初疑われたスペイン産や有機農業の農作物は大
きな打撃を受け、風評被害はEUから農家への補償問題に発展しました。
2か月を経過し、ほぼ終息に至った今、振り返るとこの騒ぎは何だったのかという気
がします。もちろん、食中毒でこれだけの死者を出したわけで、大きな事件でした
が、ドイツではインフルエンザで亡くなる方が年間平均1万人ということですから、
報道が異常ではなかったかと思います。
ここ数年の伝染病として大きく話題になったものに2002~2003年のSARS(死亡者775
人)、2009~2010年の新型インフルエンザ(死亡者16,000人)があります。古くは、14
世紀のペストでは全世界で8000万人以上、ヨーロッパだけでも2000~3000万人が死亡
し、1918~19年のスペイン風邪では2500~5000万人が死亡したといわれています。
人類は医学・薬学を発展させ、伝染病の大流行から解放された分、メディアの発展か
ら、もしかしたら(必要のない)恐怖に陥れられやすくなったのかもしれません。
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